東日本大震災

2013年3月11日 (月)

震災2年⇔原発事故2年

あの地震から2年がたちました。

年齢のせいもあり、チビ心(娘ね)が生まれたこともあり、時間の経過がとても早く感じられます。

2011年3月11日14時46分clock

生きているうちは忘れることのできない日付と時間ですねー。

まぁ、福島に住んでるとねー、地震がどうってのもあるんだけど、東京電力の原発がねーannoyannoyannoy

あの事故さえなければ、原発のことをこんなに気にしないし、東京電力を恨むこともなかったんだろうねー。

ホントに東京電力が憎い。

春になれば、山菜がおいしい季節なのに、その辺に出てる山菜なんて口にできません。

ホントにね、住んでないと分からない怒りがこみ上げます。

地震の翌日の午後、電気が復旧したと思ってテレビを付けると、すでに東京電力の原発がどうのこうのって話になってたからねー。

2年が過ぎてもなお、帰れない町の人…、今まで住んでた場所に住める僕らには分からない、さらなる怒りがあるに違いないですよねー。

まぁ、いくら書いても、東電の人たちには伝わりっこないですよねー。

賠償担当の部署に用事があって電話すると…、

1に謝罪、2も謝罪、3、4も謝罪で、5も謝罪

だもんねー。

謝れば済む話じゃないんだぞって言いたくなるくらいだもの。

届く文書も、謝罪に始まり、謝罪で終わる文書でねー。

もーいーよgawk

って言いたくなっちゃいます。

謝罪はもういいから、もっと親身になって対処してくれってね。

いくら書いても終わらないので、この辺にしますがね、ホントに余計な心配事を増やしてくれました。

今はまだ歩くことができないチビ心も、外で思いっきり遊ぶことを知らずに育つことになるのかと思うと、かわいそうでなりません。

気にするほどの数値じゃないと言われたとしても、平常時は…、

“0.04マイクロシーベルト/時間”

なのが、新聞に載ってる福島市の測定値では…、

“0.60マイクロシーベルト/時間”

だったりするんだよー。

確かに事故直後よりは格段に低いけど、平常時の15倍でしょー。ウチの近くにある測定器でも、0.40近くの数値だからねー、少なくとも平常時の10倍の放射線を浴びてるわけよね。

あーあ、過敏に反応したくないんだけど、いろんな面で余裕があるなら、別な土地で再スタートしたいよねー、人生を…。

2年が過ぎても、ピタリとも前に進んでないような気がする福島の復興。

何年たっても、進まないんだろうねー。普通の生活してるようでしてないのが今の福島です。

震災や東京電力の原発事故関連でお亡くなりになった皆さんのご冥福を、改めてお祈りします。

黙とうthink

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2012年12月13日 (木)

忌まわしい

やっとの思いで仕事の忙しいバタバタが落ち着いてきましてね。

また少しずつ書いていきたいと思います。

再開と同時にこんな話でね、ナンですがね、また先日地震がありましてねー。なんともヤーな夜を過ごしましたわ。

緊急地震速報とともに揺れはじめ、あの3.11にも似た揺れでね、あの忌まわしい記憶がよみがえってきました。

僕の職場はまだ仕事中でしたが、金曜の帰宅ラッシュと重なったこともあって、道路は大渋滞、ガソリンスタンドも一時混雑な状態でした。

あの時の経験をみんな思い出したってことよねー。

燃料の確保…。

あの時は苦労したもんねー。あの思いは2度としたくないもの。

帰宅してからも、余震を警戒する意味で台所で夕飯の支度をしつつも、ラジオを聴きながらでした。

あの3.11の時、正直なところ、地元の県域の民放FMは役に立たないと思ってしまった部分があり、僕は緊急時は、全局体制で報道するNHKで、ある程度の情報収集をし、あとは県域の民放AMで地元の情報を調べるようになりました。

そのAM局のアナウンサーがこんなことを言っていました。

決して恐怖心をあおるつもりはありませんが、あの3.11のときは、3日前の3月9日に、さっき(先日の12月7日夕方の余震)みたいな地震があったんですよねー。あの時は、まさか3日後にあんなことが起きるなんて思わなかったですよねー。

確かにそう。

前触れとして考える者はいなかった。

だからねー、あの時の教訓じゃないけど、12月7日の地震は前触れで、3日後くらいに大きいのが来るんじゃないか…。

なんか、思いたくなくても思っちゃいましたよ。

まさかねー、自分の人生の中で、地震で被災するなんて思ってなかったもんねー。

何にしても、油断しちゃいけない、絶対なんてない…、ホントにそう思わされたもんねー。

またいつ来るかわかんないからねー。

多少たりとも、備えておく心構えが必要ってことですなぁ。

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2012年3月11日 (日)

1年たったけど

東日本大震災から1年がたちました。

あっという間だったような、色々あった1年だったような、なんかいろいろな意味で価値観が変わった1年でした。

地震発生時刻の14:46…、用事があって心ちゃんの実家にお邪魔していたのですが、NHKで生中継されていた追悼式典を見ながら、思いにふけりました。

自身の体調も、まだ完全ではない天皇陛下からのお言葉、ありがたい限りですねー。心に届くお言葉だったと思います。

それに比べて、総理大臣のあいさつ…。こればっかりはね、どんな言葉を並べても、もはやパフォーマンスにしか思えないわけです。

言葉も表情も何も、単なるパフォーマンス。

そう思いたくなくても、震災当時、昨日あいさつした総理は総理じゃなかったとしても、後手後手に回ってばっかりで、大切な情報も入らずだった震災や東電の原発事故後の対応を思い出せば、もうパフォーマンスにしか思えないわけです。

なんだかね、3月11日14:46って時間、複雑な瞬間でしたね。

去年のここから、いろんなことが変わったんだと…。

東電の原発事故のせいもあって、福島県は復興が進まない地域があります。

戻りたくても戻れない人たちがいます。

風評被害のせいで、観光目的で来県する人はこれからも増えないでしょう。

子どもが生まれるのは楽しみだけど、外で思いっきり遊ばせられないでしょう。

これからも福島で生きていく予定の者としては、不安要素のほうがはるかに大きい。

しかも、それのほとんど…、いや全てが東電の原発事故に関連すると言っても過言ではない現実。

東電の原発で働く人たちが、あのときどんな行動をしたのかなんて、ドラマ仕立てに再現してたテレビ局があったけど、そんなことしたって意味ないんですよ。

結局は、その対応がどうって言うより、日頃からの対策、何があっても対応できるという対策ができていなかった結果が、あの事故なんだから。

そもそも電源喪失に備えてのディーゼル発電機を、津波が来たら浸水するであろう場所に設置してる時点で、備えができてないでしょうってね。

あーゆー事故が起きたら危険なものを設置した県や町にも、全く責任がないとは言わないけど、設置したからには東電には、何が起きても対応できる対策が必要ってものです。

あんな事故を起こしておいて、1人8万円で片付けようとしてる時点で終わってますよ。

しかも、全県民が対象ではなく、誰も了承できないような境界を作って、それ以外の市町村は除外だっていう話だもん。

地震の被害は大きくなくても、東電のせいで苦しんでますよ、今日も福島は…。

まぁ、東電に限らず、国にも責任はありますがね。

長くなってしまいましたが、何年たとうとも、なんなら死ぬまで付きまとうんだろうなー。

テレビなんかでも、「振り返る」ような番組ばかりでしたが、まだまだ振り返れるような段階にないのが福島県なんでしょうなー。

がんばろう!ふくしま

とか言われてもねー、

これ以上、何をがんばればいいのよweep

って折れそうよ。

んなことより、電気料値上げとかほざく前に、テメーらの企業努力をもっと頑張れよってね。

テメーらの事故なのに、なんでコスト増を利用者に転嫁するんだよってね。

まぁ、何にしても、東電の激甘甘甘党な体質は、どこまで行っても変わらないでしょうなー。

いつになろうとも、放射能で福島を苦しめ、値上げで利用者を苦しめ、東電自身はおいしい思いをする構図は変わることはないでしょう。

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2012年2月25日 (土)

心臓に悪い音

一生忘れることはないであろう、あの大震災から、もうすぐ1年になろうとしています。

にもかかわらず、たまーに鳴り響く警戒音…。

先日、2月19日の午後にも、僕のケータイが鳴り響きました。

メールでも電話でもなく、緊急地震速報のあの音…。

いやー、何度聞いても慣れないし(慣れようとしてないケド)、心臓に悪い音です。

僕と奥さま心ちゃんと、心ちゃんのママ上と車で買い物に行き、駐車場に止まっている時でした…。

2月19日14時54分…。3つのケータイがほぼ同時に鳴り響きました…。

まぁでも、あの音が鳴ったら、何をしなきゃならないかって点については、だいぶ慣れちゃいましたなー。

今回はたまたま停車中の車内だったので、すぐにラジオをつけてNHKさんにチューニング。

福島では緊急地震速報から少しして揺れ始めました。

日立市では震度5弱だったようですねー。

いやね、あのとき震度5強を体験したけど、5になると違いますからね、揺れ方が…。

翌日の新聞によれば、ケータイのあの音を聞き、避難しようとしてケガをなさった方がいらしたようです。

それだけ、あの音が身近になってて、鳴ったら地震に警戒しないといけないってのが身に付いた証拠とも言えますかねー。

あの忌まわしい地震と東京電力の原発事故から、もうすぐ1年。でも、今も続く余震とみられる地震…、そしてこれから数十年にわたって続く原発事故の収束までの道…。

せめて、そろそろ余震だけでも、そしてあの心臓に悪い緊急地震速報の音が、こんなに頻繁に鳴らなくなる日が来ることを祈りたいですなー。

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2011年9月11日 (日)

地震から半年

あの大地震から半年。新聞の「おくやみ」欄には、今もなお亡くなった日が3月11日の方が載っています。

葬儀が今になってしまったのか、はたまた新たに発見されたご遺体なのか…。

ご冥福をお祈りいたします。

地震に遭った夜。

鳴り続ける緊急地震速報、停電での真っ暗闇、夜明け前から出なくなった水道。

相次ぐ余震で家の中は片付かず、家の中にいるのも危険と思えて、車の中で明かした地震の日の夜。

夜空には星も輝いていたと記憶していますが、とにかくまだまだ春には程遠い、そう感じる寒い夜でした。

たまーに睡魔に襲われてウトウトしても、大して眠れず目が覚める。そして余震で揺れ続ける車。

あんなに夜明けが待ち遠しかった夜はなかった。あんなに夜が怖いと感じる夜もなかった。

やっときた夜明け。

はて、これからどうしよう。ガソリンはとりあえず満タン。でも、週末に買い出しする生活だから食べ物を調達しないと、数日で食べ物が尽きる。

とりあえず、いつも買い出しに行くスーパーへ。

店内アナウンスの上手な店長さんっぽい人が、スピーカーで並ぶお客さんにアナウンスしています。

寒い中お待ちいただきまして、大変申し訳ございません。店内は危険な状態で、お客様を店内にご案内できる状態ではありません。販売できるものを入口まで運びます。1度に20名様を目安に、順次買い物をしていただいております。

乾電池、カセットコンロ及びガスボンベ、ミネラルウォーター類、軍手、懐中電灯は売り切れとなっておりますので、ご了承ください。

店を開けられる状態でないのに、何ならスピーカーで案内してる店員さんも被災した1人。家の片付けもあるだろうに、お店に来て売れる限りは売ると店を開けてくれている。

申し訳ないのはこっちですよーってね。開けるつもりなかっただろうに開けてくれてねー。

電池が売り切れと聞いて、あるオヤジが店員さんにたずねました。

○○電器(このスーパーに近い家電量販店の名前)は開いてますか?

(↑一応、名前は伏せます。家電量販チェーンの1つです)

自分の店ですら、被害がどれほどか分からないでいるのに、他の店のことなんて分かるはずないですよねー。ってか、平常時だとしても、他店のことを聞くこと自体間違いだよねー。常識ないオヤジだなーと思いました。

店員さんも、謝ることないのに…、

申し訳ございません。他のお店のことは何も分かりません。

当然よね。そんな状況じゃないし。

しかし、喰い下がらないオヤジ。

じゃー、どの電器屋なら売ってますかねー?

いや、だからさーってね(笑)

申し訳ございません。当店では在庫はないと言うご案内しか申し上げることができません。

この行列に並んでいたとしても、どんな食料が買えるのか、そもそも買い物自体できるのか分からない状況でいるのに、ましてやこの非常時に非常識なオヤジだなーと思いました。

この非常時、自分の食いぶちは自分で確保するしかないと言う極限状態だった気がします、あの時はね。あんな状態がいつまで続くか分からなかったし。

ってか、こーゆー時に備えて、乾電池なんて買い置きしておくものですよね。

なんでこんなこと書いてるかって言うとね、地震から半年になるって思ってるうちに、このことを思い出したのもあるんだけど、みんなマナーを守って並んでいる中で、どうしたってそーゆー常識ないヤツっては、こーゆーときも常識ないんだなーって思ったからなのよね。

半年を機に、あの時のことを忘れないように少しずつ日記のように書こうかと思っています。地震の後はなかなか書けなかったから。

公開してどうこうってんじゃなくて、自分の記録として書いてみようと思います。

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